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公演終了のごあいさつ

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大変遅くなりましたが、5/1をもって屋根裏ハイツ第三階演劇公演「再開」は終了いたしました。
たくさんの方にご来場いただき、ありがとうございました。

5/7には二回目の企画である検証企画がとり行われ、三階が立ったかどうかは時間内に決まらず、持ち帰って劇団内で検討することとなりました。

ここでひとつフォローしておきたいのは、検証企画で出た「建たない」というのは作品として不成立だったということではなくて、もう少し長いスパンでこの題材に取り組むべきなのではないか、ということです。新しく別の階を建設するのではなく、同じテーマでもう一度やるべきではないか、ということ。

こんな、これからどういう創作をしていくかとか、どうでもいいし、どっちでもいいし、面白ければそれでいいお客さんにとっては知る必要のないことですよねーって思いながらも、『建ったかどうか』は真剣なギャグなのでテキトーに見守ってください。

検証企画以降も、この作品についていろんな人と話をする機会が個人的にあって、遅くなりましたが個人的にも作品を振り返ってみたいと思います。

今回の作品、演劇を良く見る方からは「演劇」とは言い難い、というような意見をよくうかがいました。逆に語りと携わりが深い人からすれば「語り」とは違うなにかだ、という風に言われました。
ちなみに僕はこれまで作ってきたどの作品よりも「演劇」をつくったつもりでした。とすれば、僕の思う演劇と見た人が思う演劇は少し違うものであるということなのかな、と思います。
僕にとっての演劇は「その場で何かが起こる」ということにつきます。そのためには物語は時には邪魔なものだとも思います。虚構が現実空間で起こった時に、そこが一瞬だけ現実に追いつき、あたかも真実かのようにふるまう瞬間がある。
観客がいることによって、誰もが予期することのできなかった一瞬が発生する。
そんな瞬間を起こすための場を作りたいと、思っていて、その手段として演劇があります。
そのために誰がどうしてああなった、という物語を作るというのがどうも自分にはしっくりきてないのだな、ということも感じてきました。物語よりは「物語り」に興味があります。現象はその場にあるものなのに、誰がどうなるといったことの些末は、どうも「ある」ことから遠ざかっていくように思えてならないのです。
で、観客の思うそれとあまりにかい離している場…