2014年12月22日月曜日

真実味を得ることで、失効してしまったかのように思えるものについて

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本日はご来場いただきありがとうございます。まさかこんなに早く杜劇祭のPDをやることになるとは、本当に思ってもみませんでした。ありがとうございます。

題材となる、「茶色の朝」という本は1998年にフランスで出版され、2002年にフランスで大ヒットした作品(なんと1ユーロで売られたのだそうです。)だということなのですが、まあ日本でも出版されて久しいのですが、できるだけ多くの人に読んで欲しいなあ、と思うので、是非気になった方はお手にとっていただければと思います。そうやって何か形として残るのは、本であり、絵画であることの、良いことですね。反対に、パフォーマンスは形として残るものがないのですが、(パフォーマンスをする)彼/彼女が「いた」、ということは残ります。彼/彼女はなんだかとても異質なものです。その異質なものがいたという形跡は、空間にとどまらず、残存しているのだと少なくともわたしは信じています。


わたしたちのこの上演が「茶色の朝」に頼りなげにぶら下がり、付与されて、そうやって本が多くの人の手元に渡るとしたならば、これ以上にうれしいことはありません。

最後までどうぞごゆっくりお楽しみください。


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これは、杜の都の演劇祭プログラムB『茶色の朝』の当日パンフレットに僕が気の抜けた顔と一緒に掲載したコメントです。上演後に本番に本が手に渡ってほしい、ということを想定して書いた言葉です。

本当なら会場で本を販売できればと思ったのですが、様々な都合で間にあわせることができず上演にいたりました。この先、もし本屋で作品を手に取るようなことがあれば、是非お手にとって読んでいただければと思っています。その時少なからずこの体験は作用するはずです。その時どのように作用するのか、それを一番楽しみにしているし、いつかもし本を読むことがあれば教えていただければと思います。そういうことを意図して作品を作りました。


少し、違う話をします。
作品の話です。作品の内容のあらすじはこちらをご覧いただければと思います。

http://www.otsukishoten.co.jp/book/b51933.html

世界が茶色の世界になっていくこのお話は、つまりこれは全体主義にむかっていく世界の言い換えなのですが、(寓話、訓話なので、何かそういった諷刺が絡みついています。)今の日本の現状とあわせて考えざるを得ない。そうやって考えたお客様が多かったですし、むしろ絡めないで考えたらおかしいんじゃないか、と思うような、そういう作品でした。
今回の上演は、会場のまめ坊さんの窓から降り注ぐ日差しによって、雨や雪によって、上演の雰囲気が左右されるものだったのですが、当然、こういった世の中の空気も大きく作用するものです。(そうでない作品はきっとないと思います)


初日の12月11日の前日12月10日に特定秘密保護法案が施行されました。
前半が終わった翌日の12月14日に衆議院の選挙がありました。
自民党が低い投票率の中、前回よりもやや議席を減らしながらも、圧倒的多数派として、「勝利」を収めました。

僕はもちろん、この時代の空気の様なものと無関係な顔をして上演を行おうとは思ってはいませんでした。
ただ、この空気に向かって主義主張をしたいとも思いませんでした。

「茶色の朝」が多くそういった形で利用されてきたように、用いたいとは思わなかったのです。
どちらかと言えば「空気」がどのように、この作品に作用するのかを確かめたかった。

だから公演のちょうど中間に選挙があったことは、大きな楽しみでした。この選挙の結果が、何か如実にこの作品に作用してくれはしないかと、少し期待を寄せていたものですから。
結果を言うと、作用はしたのだと思います。それは先ほど述べたように、現代に生きている人が上演を行い、そして立ち合っている人間が生きている限り当然のことなのだと思います。
しかし、それがあまり作品が良くなる方向には行かなかったような気がしています。

僕はこの作品が持っている意味をもう少し広げたかった。
端的にいえば政治色の強い、メッセージ性のとても強い、言いかえれば視野の狭いこの物語の意味を広げたかった。
言葉をもっとぶよぶよと太らせて、空間に放り出したかった。
そういったパフォーマンスは前半戦の方が多かったように思いました。
後半になればなるほどその意味は狭まっていったように感じた。
その体感は、公演と公演の間に稽古を上手にはさむことができないまま後半戦を迎えたということに一番大きな原因があると思うのですが。(間が開いたのにもかかわらず俳優は慣れていったことも一因かもしれないです。)
そうではなくて、世の中に起きたことが、この「物語」の意味を狭めたのでなければ良いと思います。


意味を広げたかったのではないのかもしれません。
具体的な話をします。

この物語には「俺」と「シャルリー」がいました。それ以外に例えば「ビストロの客」がいて、「こども」がいます。
厳密に言うともっと多くの人がでてくるのですが、それは割愛します。
「足もとで死んでしまった白のプードルのために泣いているこども」のことを、僕は少し目立たせて演出しました。
少し大げさにいえば僕が扱いたかったのは「わからないでいて泣いているこども」のことで、「自分の生活があるから流れを受け入れていこうとする俺」のことではなかったのです。
ましてや、「『俺』の姿を見て、自民党のことを声高に糾弾する人」を扱いたいわけではありませんでした。
僕は「子ども」が「わからない」ことを「わからない」ということの強さを強く信じています。
「わからない」と言葉にすることができなくても意思を表示する強さを。
そしてできれば僕もその意味では「子ども」でいたいと思っています。

後半の上演では、その「子ども」が死んでしまったような感覚を覚えました。
それはつまり言い換えれば与えられた容器にすっぽり収まっているということで、あるいはこの上演が異物ではなかったということです。

どうして「子ども」がいなくなってしまったのか、その忘却に抗う術はお前にはなかったのか、と今も考えています。
演出の力不足でもあり、「茶色の朝」に真実味を得てしまった世の中の空気であったのかもしれません。

「子ども」を失った上演は、とたんに形骸化しました。
それでも作品を面白がってくれた人がいるというのは、このとても力強い寓話であるからこそだと思います。

構造の力は、反対に悪目立ちしました。僕にとって「斬新な演出」は全くほめ言葉ではないので。別に斬新じゃねえし。二番煎じです。
中身が失われ、構造だけが浮かび上がることは、悪い作品の条件です。
しかし、それは作品に限った話ではないと思います。
右向けば右の世界では、左を向く人がいる。たったそれだけのような世界の虚構であってはならないと思います。どうか、前を向いたり、上を向いたり、うつむいたり、そういったことはできるようでいなければならない。
その余地はいつまでも、残されていなければならない。

終わった作品のことをこうして言葉にすることはあまり感心できることではないと思います。
上演はおわりますが、本は残ります。

上演はおわりますが、しばらくは僕も新たな作品を作り続けるでしょう。作らなければと思っています。
(無関係な話ですが、演劇をやりつづけることにたいした意味はないと思っています。)

次の作品は「子ども」を失うことがないように。 その為に何かを失うとしても。それこそが虚構の持つ豊かさだと思っているので。

2014年12月2日火曜日

メンバー活動情報 更新

中村大地 演出


【杜の都の演劇祭2014 オリジナルプログラムB 『茶色の朝』 】





■プログラムB「茶色の朝」


寓話によるリーディング。上演時間約45分。

「茶色」以外の犬や猫を排除する法律だから仕方がない。俺は白黒のぶち猫を始末した。友人のシャルリーは黒いラブラドールを安楽死させた。やがて新聞も書籍も、日常の言葉や単語にも「茶色」を付け加えるのが習慣となった。結局は慣れの問題で、規則を守っていれば安心できて悪くない。


物語:フランク パヴロフ 訳:藤本一勇【寓話】


PD:中村大地 —屋根裏ハイツ

会場:自家焙煎 珈琲まめ坊

日時:2014年12月11日(木)11:00、15:00、19:00/13日(土)20:00   

18日(木)11:00、15:00、19:00/20日(土)20:00

料金:2,400円(ブレンド珈琲&ケーキセット付き)

出演:原西忠佑 村岡佳奈 かみとゆき(絵)





詳細は下記から。

髪を切りました。

さて、お久しぶりです。
先日まで、シアターラボのトライアル2014に音響で携わっていました。
シアラボとの付き合いは割と長く、トライアル2011に、公募で役者として舞台に出演してから早くも3年が経ちました。
音響として携わったのは「透明な旗」以来。久しぶりにシアラボを体験した11月でした。(「LIVEももたろう」という観賞型事業にも携わっていましたし。)

LIVEももたろう https://www.youtube.com/watch?v=bs4BLp3qoYk

これも、音響を担当しました。


今回の2014は、『腐敗』から『透明な旗』までの流れと、『幸福の果て』でできた新しい流れの、間をどうやっていこうか、といった趣向の作品だったように思います。
それが成功したかどうかは、わかりませんが。
トライアルはあくまでもトライアルなので、これがどう本公演に向かっていくのか、楽しみです。


29日の夜には「演劇集団における公演の意義」というテーマでトークセッションを代表の野々下さん、それから短距離男道ミサイルの澤野さんと行いました。
その時のことは、また。書きます。ちょっとちゃんと文章にして考えます。

そのうちYoutubeに模様がアップされるやもしれないですし。



さて、そして12月11日から仙台の冬の風物詩、杜の都の演劇祭のPDとして、リーディング作品を上演します。11月29日に予約が開始しました。10席強と席数がめちゃ少ないので、是非お早めにご予約いただければと思います。
詳細はこの次の投稿でお知らせします。

明日から集中的に稽古が始まります。うす。


中村大地

2014年11月5日水曜日

⑤『暗くてなるものか』19日18時の回感想

19日18時の回のお客様の感想です。

・まんまと嫌な気持ちにさせられて、まんまと不安をあおられて、まんまとモヤモヤを残されてしまった感じです。高い演出力、役者の演技力があってこそだと思いますが、もし私が役者なら絶対やりたくないですね。

・今日観たものは、やっぱりイラっとしたし、好きではないと思ったけれど、全員死ねって気持ちにはならなかったし、何よりも、終演後、さわやかな気分にすらなっている!なんだろう。何が違うのか、よく考えます。二回見てよかった。後ろの席だと、床がほとんど見えないのが、残念です。いや、見えるようにして下さい。

・感想も意見も文字にならなくて、結果、ございません。見てて何かピクッとした気もしたんですけど、結果としては残ってるわけじゃないというか。でもなんか、結局いろいろかんたんなんでしょうか。で、結局みんな勝手ですね。嫌になってでもなんか好きみたいな。

・ ・かべの字が紙のくしゃくしゃで変わる様が興味深かった。
  ・境界があいまいになって、ふと自分の指が冷たいことに気づいて、境界を感じました。(えりこさんの円に近いものでしょうか)EDが、むりやりフタをしてるようで、空虚でした。自分も1月におばを亡くしました。暗くてなるものかって思います。舞台(ってことしていた線)は、すごいこちらの勝手な都合な形にするな、と思いました。それが壊れるのが楽しかった。キャラの替わり(同一人物の)がわかりにくかった。始まりのときの役者って、どういうものだったのか、わからなかった。物語について知っていたのか?

・音と美術と身体を比べると、音と美術が強めに感じるので、その分身体がどうしても弱めに見えてしまうように感じました。既成の戯曲などを使わずに0からこれだけのものを立ちあげているのはスゴいと思いました。

・最後の曲の入りが秀逸でした。(音響目線ですみません!笑)大地さんの作るものを観るのは何だか初めてで、どういうものを作るのだろうと思っていましたが、なんだかとても腑に落ちた感覚です。わたしが勝手に想像しているだけですが、この舞台に出てくる5人(6人……)の人が、それぞれ別なのではなく、すべて大地さんなんだろうと思います。どこまでも、踏み込まれずに、えぐられました。最後まで踏み込んではきませんでしたね。なんか偉そうにすみません。面白かったです。偽らずにそう言えます。おつかれさまでした。あ、あと絵の具(特におじいちゃん!)のアイデアとてもすてきでした。

・フィクションと言いながら、中途半端なフィクション(非現実の意)で中途半端にフィクション(現実的で)、観づらかった。つっこみを1つもった時点で入り込めなくなってしまいました。あとどうしてこの形式の舞台にしたのですか?私的には、パフォーマンスじゃなくてドラマでも描けたと思います。色々と直接的で苦しい(?)なんかこう悪いいみで疲れました。声をききながら、照明のとびらにうつった影絵をみてると、とても良いかんじに、入り込めて、見ていられました。どうしてこのテーマを描くときに、人の死を用いたのですか。どうして津波とか噴火とか、色々なたくさんの人が亡くなってひさんな遺体になっているのに人の死を用いたのですか?観ながら、別のものでも描けると思いました。最後に。暗いテーマ(暗くなくても)を暗くえがくことはかんたんだと思っています。難しい方をみたいです。

・とても心の中にズシンと落ちるものがありました。あったことをなかったことにとかただなくしたいだけとか最初に事務的なことというか、仕事としてそうしたいだけなのに、その人物たちの背景とか、遺体が運ばれていってからまた同じことばを聞くと重さがちがうなあと今までかんじたことないような感覚におち入りました。私、家族の大切な人がしんでしまってとても悲しくて、こつつぼをみると思い出して涙がでましたが、なんか、その時、あの時あったことをなかったことにしないでというかちゃんと受け止めようかなと少しだけ思いました。観に来て良かったです。あと、言葉のいい回しがとても好きです。

・おもしろかったんだろうなって、思うんですけど、それよりも、みなきゃよかったなって、思いました。小さいとき、私にいっぱい食べさせたがってわけてくれだんですけど、おなかいっぱいで動けなくなっちゃって、おんぶしてもらって帰ってるとちゅうで、お父さんの背中にゲロを吐いちゃったことを思い出しました。どうでもいいですね。でも、これ思い出して、泣いてしまいました。あーつらい

・台本を読みなおしたいなと思いました。一度観ただけでは、理解しきれなかったので、今まで、みた中、読んだ中でトップレベルでひかれました。来て、みれて良かったです。上手く感想を整理できずすいません。おもしろかったです。

・死ぬことを、物として扱うのはあまりないかもと思いました。送り出す。お星様になるとかではなく、1個の死体による1日の出来事かなと、上手に言葉に出来ませんが死んで死体になるって本当はただそれだけのことかなと。ドラマって、人は作り出すし、求めてしまうんだろうなと思いました。

・とても好みでした。自分の境界が役割になるのは、どこか思うことがありました。フィクションで良かったです。自分が消化不良ぎみですが。また来ます。

・ただただ怖かったです。声を荒げられたり、物音をたてられたり、目を合わされたり、自分はおじいさんの死体が見れなかったことに安心しましたがどうなっていたのか、見たい気もして複雑です。思っていることをほとんど役者さんに言われていく感覚がとても気持ち悪かったです。また屋根裏ハイツの作品を観たいです。

・率直に言えば、すごく嫌な気持ちです。でも、何と言えばいいか、面白かったという感想もなんか違う気がして、うーん、ありがとうございました(?)見たくなかったものを見せてくれて、感謝というか。90分なのにとても長い時間に感じました。「もうやめてくれ」って何回か思いました。「この作品はフィクションです。」が納得いったようないかないようなという感じです。

・おもしろかったです。雰囲気が好きです。なんか不思議なかんじで、あまりまとめられないんですけど、とりあえず、また屋根裏ハイツさんの公演がみたいなって思いました。次回も楽しみにしています。

・張りつめた場にいることができて楽しかったです。

④『暗くてなるものか』19日14時の回感想

19日14時の回のお客様の感想です。


・ 旗揚げらしい、宣言のような公演だと思いました。物事を突き詰めて考えるという行為(多くは常軌を逸する)には、私自身が結構こだわっていて、それなりに自信もある(こんなこと考えるのあれだけだろう的に)のですが、こういう公演を見ると、「ああ そうだよね。みんな考えるんだよなあ」ということをひしひしと実感し、自分だけじゃないという安心とともにうかうかしてられないということも感じさせてくれました。あ、そうそう「自己言及的」という言葉もありました。これも専売特許返上ですね。影絵の遊びは、うーん。ねらいは悪くないし、必要性もわかるけど、ほかの演技の質と並べるとなぜか浮いてますね。マイクの使用、絵の具の使用などのわかりやすさに比べると、いまいち分かりにくい。作品の本質と関係ないかもしれませんが、私自身、以前借りたアパートが「亡くなった人がいる」ワケアリ物件でした。借りた部屋に住むというわけではなかったので。あんまり気にしなかったのですが、それなりに臭いは残っていましたね。(遠方から来た客を泊めたりもしたのですが) 演者と演技のトーンの混ぜ方にはちょっと混乱しました。でもその混乱は「普通」という意識もあるなあ、と。大地君の「ロック」的な感性がすごくよく伝わってくる舞台でした。もう話しちゃったのでここまで。

・どう理解していいかわからないけど、おもしろかったです。世代のギャップを感じました。中村さんの演出作品を見るのは3本目ですが、こんなに面白かったのは初めてかもしれません(失礼)楽屋的なというか役者の素みたいなものを入れ込むのはどういう効果を狙ってるのか、出してるのかわかりませんが、きっと意味があるんですよね。無しでは成立しないんですよね。前半、あまり集中してみることができませんでしたが、ウェルネスさん登場あたりから、ぐいぐい入り込めました。音響、マイク、の効果もあるのだと思いますが。役者さん「松井さん」の感じがとてもよかったです。そうちがもっとぺったりと白いか、つぎはぎで白いとかっこいいと思いました。渡邉さんのカップが、もっと重量感のあるカップの方がいいと思いました。(割れても飛び散らない処理をして)イスから落ちた時の音がさびしいです。と、いろいろ求めますが、面白かったです。

・客入れの曲かっこいいですね。関係性の描写に注力していたのかなと思いました。上手く言えないのですが、一貫した空気感が壊れず続いていたと思います。言葉遣いが好きでした。

・気持ちの悪い公演だった。(ほめことば)煮え切らないのが腹の中に残るよね。公演中の、作品といての創りをこれにするのならば、前説(後説?)とかいらないんじゃない?いるのか。観客としては、破壊衝動に駆られて。白い紙をぐしゃぐしゃにしたい。前の席に90分はお尻が痛くなるね。この作品は10-BOXじゃないところでやってほしいなぁ…。コップのにずじゃバーッてやってしまうところが一番好き。いいぞ、もっとやれ。

・お疲れ様です。スタッフの方が出たり入ったり、あれは…演出?全員の話し方が自分語り風なのが少しつらかったです。顔を見たくないというのに、死体との距離が無造作に過ぎる気がしました。汚物としての扱いでもないし…。顔を見る→死体の始末に話が移行しているのも「あれ?」と思いました。間取りは私の席からは少し見えにくかった。開演前、会場中に間取りやタイトルを書き始めた方が間としては面白いのでは、と感じました。話の堂々巡りさは別役実を思わせました…。もっと言葉を厳選してこの作りを極めていったらどうなるか、興味があります。

・演劇における演者の存在についていろいろと考えさせられた。現在の自分の実生活って少なからず自分の演技に影響するものだと思う。現代の特有な社会問題に目を向けた作品で、死というどうにもならないことにどう取り組んだらいいのかわからない。生き方は選べるけど、死に方って選べないなあと思います。あと、たくさん大地さんがいるなあ、役者みんな大地さんっぽいなあと思います。

・演者自身(現実)と舞台上の情報(非現実)がクロスオーバーするメタ的な構成が印象的だった。死体=見たくないもの、思い出したくないもの物はだれだって見たくない。全てから目をそらした姉や境界を引き直している妹の反応は自然な気もする。時生君の「吐き気がする」からの一連のセリフが印象に残った。劇中音響(?)の方の声が聞こえたのが気になった。

・普段聞こえない言葉が聞こえるのは面白いなと思いました。(演劇だから?)でも聴かせてくれたらもっと好きです。そもそも俺は聞こえない方が好き。あと最初と終盤途中の緊張感が好きでした。

・トライアウト感は否めなかったのはどうしてかなと思っていました。第4の壁にこだわり過ぎてる気がする。これからに期待します。

・苦しい観劇体験でした。テクストの「けど」「わかんない」「なんとな」の語尾が、モヤモヤさせてくれた。うーむ。役者もっとはぎれよいところがあってもよかったのでは?おそかった。長かった。つかれた。「うんこ」のところもっと笑いたかった。大地テクスト作品の少し暴力的なところがニガテ。なのがわかった。でもたぶん次もみにきます。

・「フィクションです」とパンフに書いてなかったら色々考えてしまいそうだななどと感じてました。謎だらけでしたが!思っていることや取っているスタンス、立場があったり変わったり、変わりそうなのに変わらなかったりっていうのが、少しだけ身近に思えた気もしました。他のお客さんがどんあ風に見てるのかなーと気になってキョロキョロしたりもしましたが、何かまちまちでした。スゴく興味がある人はありそう!イヤな人はイヤそう。それも含めて楽しそうでした。

・セリフの1つ1つに耳を澄ませて、この作品の発するものを感じとろうとしました。避けられないこと、見たくはないのに見なければいけないものがあって、そこら中にあるけれどみんなそれを意識しないよう上手に器用に生きている。でもどうしても意識せざるを得ない場面が必ずあってそれを押しつけようとしたり更にきれいに見えるよう工夫したりしてやりすごしている。それでいいのか?他人との間に線を引いて生きて完全に生きていけないのでは?そういう言葉がこめられているように思いました。

③『暗くてなるものか』18日18時の回感想

18日18時の回のお客様の感想です。

・音響の重要性を感じる作品だった。なんとなく。舞台をどんどんと変化させてくのは、なんとなくおもしろいと思った。音響だけじゃなく、照明とか衣装とか、スタッフワークの重要性みたいなのを感じた。もちろん役者も見ていてすごいなぁと思いました。

・誰が境界線をつけるのか。それをどう越えるのか。トラウマってどう向き合えばいいのか。そんなことを考えさせられました。私自身トラウマと向き合わなければならない出来事に今遭っているので、今この作品に出会えて良かったです。今後の「大」活躍に期待してます。

・現代の問題に対して静かにでも強く切りこんだ作品だと思います。

・音が混ざりあってすごく気持ち悪かった。(良い意味で)

・初めて演劇というものを見ました。それぞれの演技は、えんじるというより実際に起こったことのようで、見ていると引き込まれました。あまり映画とかも見なくて、二つの世界が理解しきれなかったので一緒に見た人と話してみようと思います。

・出演者は舞台等の高い場所がいいのでは。配役に年齢差があればまた違うのではないでしょうか。背景が、単純すぎて、迫力に欠ける。もっと経費をかけて工夫してはいかがか。ナレーションが入れば内容がよくわかると思う。 追伸:演技力は素晴らしい。間の取り方等が絶妙でよかった。

・独創的で感慨深い作品でした。しかし、自己満足から脱していないと感じました。やっぱり、「うんこ」使いましたねw

・あまり好みではなかった。けどわりと良かった、かも。人って自分勝手。死んだ人間はモノになるのかな。空気重かった(良い意味)。視覚が楽しい。影好きだった。なぜ人は死体を気持ち悪がるのか。見知った人間が醜くなるから?くさいから?とか考えないから見てた。意識(舞台と思考)を行ったり来たりしてた。

・現代における課題の「希薄になっている家族との絆」を考えさせる作品である。とても良かった。

・変なものを見てしまった。

②『暗くてなるものか』18日14時の回感想

18日14時の回のお客様の感想です。

・演じながら舞台をつくっていくのがはじめてみる演出だったのでおもしろかったです。

・逆説に次ぐ逆説的な展開や間主体的な設定が演劇的で楽しかったです。

・演劇構造の解体 次作も観てみたい。

・人との関係性が希薄な現代を現していました。演技は少し気になりましたがこれからを期待します。死体→硬直しているのでは?

・大地さんらしい作品だった思います。いい音楽で舞台を見たとは思えません。ボクらも精進させていただきます

・途中村上春樹の小説みたいだなと思いました。伝えようとしていることがあるんだろうなと思いましたがあまり伝わりませんでした。ヤマザキ役の人がよかったです。

・こういうことを時間をかけて考えることは生きる糧になるなぁ。演った方がおもしろい。この次に、どういう地平が見えているのか。また期待したいと思います。えりこちゃんお疲れ様でした。オレああいうコ嫌い。良い芝居でしたね。

・空間を簡単に飛び越えてくる メタにメタを折り重ねるかんじ

・屋根裏ハイツさんの演劇を初めて見たので、毎回こうゆう空気なのかなーって思った。なんでがなんでなんだろうって思う所がたくさんあった。線引きが中心になるにつれて違くなっていくのがふしぎでおもしろかった。マイクを持った人が壊しているのかと思ったけどそうじゃなくて。むじゅんがたくさんあってそこを正したくなった。ひねくれてるなってすごく思った。

・独特の世界観に圧倒されました。最後まで、死体が誰か明かされないことがさらに、不思議な空気をつくりだしているのかと思いました。ただ「暗くてなるものか」という名前とのつながりがわかりませんでした。

・今まで見てきた作品と違って、新しい感覚を覚えました。役と、演じている本人がどちらも出てきて、不思議な気持ちになって、枠が狭まったり、広がったりしている感じがしました。東北大学演劇部の公演で見ていた役柄と全くちがっていたのも新鮮で良かったです。

・途中、役者の人が演技なのかその人本人なのかが分からなくなりました。んー。また見たいです。

①『暗くてなるものか』17日の回感想

17日19時の回のお客様の感想です。

・僕もこの仕事を早く片付けられるつもりだったのであまり舞台としてどうかってことは云えない気がします。というかこれが舞台っていうものなのかわからないけど。つらかったですが、見れてよかったです。どこまで意図的なのかわかんないけど、不成立ぎりぎりを拾っていくなぁ、と。最後はもうちょっとちゃんと、拍手できた方が(できる感じの方が)ほっとします。かも。

・「ワタナベはある人を失ってこれはその人の席です」「みないでいる でもなくならない」一番なんだか胸にきたところ。気持ち悪さ、どうしようもなさ、悔しさ、腹立たちさ、いらだち、逃げ、そういうものを吐き出すことは救いだと思った。私より年上の人の感じ方が気になる。ありがとう。

・観劇をして、息が詰まる思いを久しぶりにした。役者をはじめ、舞台空間の、全体的な空間に、殺されるかと思った。皆様の目にやられた。話とかも、見ていると、自分が生きてきた中で、何でもない部屋の中に冷たい姿態がある状況とか、葬式とか、むかつく葬儀屋とか、遺骨とか、いろんなことを思い出した。死体に触れた時の冷たさとか。自分がこれから死ぬまで、あとなん百回くらいそういう状況にまた出くわすんだろう。そういうことを考えました。死とか生とか、本当にね。何なんだ。面白かったと思います。ありがとうございました。

・現代の死に対する接し方がやたら生々しく感じられました。思い当たることが多すぎてとても考えさせられました。音響・影・小道具、メタ要素の扱い方がすごく好きです。あんなに床も使ってんなら前に行けばよかった!ぐぬぬ。相変わらず役者さんは皆うまくて、演技にとても引き込まれました。解釈大好き人間なので、いろいろ考えるとしっかり?ポイント?があって楽しかったです。今後も期待しています。

・演劇をあまり見たことがなかったけど、興味を持ちました。

・最後、おじいちゃんの骨、帰ってこなかったんですか!?渡邉と中畑のストーリーが気になります。

・自分が自分勝手であること、不親切であることに気づかないフリをして、相手のことをあたかも考えているような、親切であるようなフリをする。私自身そういった人間で、ヤマザキのような、自分の身勝手さを知り隠さないような人がうらやましく、好きでした。私事ではありますが、私には役者のヤマザキのような人間に近い、恋人がおり、自分がいかに身勝手な人間か、そしてそうではないフリをしているのかをいやでも思い知らされ、しかし未だに間をさまよっています。いったりきたり。ですがその恋人も、昔は私のような、前者のような人間だっと聞き、勝手にヤマザキも昔は…と考えました。 最後に本当の気持ちをきけてよかったなと。女2のおじいちゃんの優しさこそ本当の優しさなのかな、と勝手に思っています。

・ものすごくメッセージ性のある作品でカッコいいなと思いました。「臭いものにはフタをする」っていうか、誰も現実とか面倒臭いことには触れたくなくて、でも世の中にはそれを処理する人たちがいて、そんな社会の構造を感じました。リョウコが目隠しするするところは目をそむけたいっていう、そういう意味合いが込められていた気がしたけれど、僕にとっては死刑される前の人みたいに見えました。「骨つぼにおじいちゃんが…」というところは、つい最近の御嶽山の話にも繋がってくるなと感じてました。

・おもしろかった!自分は好きです。こういうの次回も楽しみにしています!!

・く、苦しい。音楽(音)に少し引っぱられちゃう感じでした。なくても良い所もあったかも(?)今日はいろいろ考えながら寝ます。舞台上のあちこちでいろいろ起こっている感じは好きです。

・見る、見ない、存在する、存在しない、失う、失わない、忘れる、忘れない…とはどういうことなのか考えさせられました

・初めてえんげきを見たけど、独特の世界観的なものにひきずりこまれて、あっというまに90分おわりました。音楽とかのえんしゅつもすばらしいですね。えりこのうんちにはびっくりしました。

・見ちゃいけないものを見たような… 見られたくないものを見たような… 無防備でなぐられたなぁって作品でした。まだあまりよく分かっていません。とりあえず、何かすごいことを当たり前のようにそこにあったんだと思います。

・演劇を見たのは今まで数回しかありませんが、会話の中で話が進んでほしかったなと思います。

・満足です、大満足。1Fでこんなことを書くのもアレなんですが、中村大地演出前三作の中で最もすきです。はじめから、中村節全開なワケですが。「境界」めっちゃ言うなぁ。凝縮されて、洗練された感覚です。空間がレイヤードされていて、それぞれが重力を持つ、それは役者の'動'でもあってモノのもつ動もあって。目の前に死体があるわけですが、それがすごく場をつくってるなと思いました。死体の重さが、時間変化しているのがよかった。客にとっても演者にとっても、引きつけて引きつけて刺す演出がすごく良かった。死体をはこびはじめるときにパキって言った気がした。よかったです。

・虚構だったり現実だったり
 僕ら自身が「ここではないどこか」に逃げられるわけではないんだなと思いました。→寺山はそういう生き方だったらしい。
すごく全体的にいいテンションで見れてたのでささいなことなのですが。(重くて長かった。盛り沢山で途中で見るのが疲れた。後半流し見だった。)
ここまでなら見れた。松井のラストのシーンが救い。

『暗くてなるものか』アンケートの感想掲載します

屋根裏ハイツのワタナベです。
早いもので公演から3週間が経とうとしております。
遅くなってしまいましたがアンケートの感想をブログに掲載いたします。

念のため確認をしますと...
今回の公演のアンケートでは、感想の内容をwebなどに掲載することを「許可する」「許可しない」のチェックボックスを設け、お客様にご回答いただきました。
そちらの「許可する」にチェックを入れられたお客様の感想のみをブログに掲載いたします。

また内容についてですが、出来るだけ原文ママで掲載いたします。 
(掲載にあたって個人宛のメッセージなどは除いております)
 ですので、妙にひらがなが多かったり、誤字脱字があったりと少々読みづらいところがあるかもしれませんが、どうかご容赦ください。
個人的には、文章の筆跡まで反映できる手段があったらよいのにと思うのですが(絵とか図とかもある!)、そこまではどうにも難しいので…せめて個々人の文体に忠実でありたいな、と思ったのが原文ママにする理由です。

お客様ひとりひとりの感想/記憶が僕たちの手元には残っていて、さらにwebにオープンな状態で残せる/記録できるということは、もしこのブログの記事を読む人が全くいなかったとしても、今後いなくなったとしても「痕跡」としてどこかに永遠に残り続けるというのはどうしようもなく大事なことなのではないか、といろいろ終わってみて、事後的にですが、そう僕は思います。

想像以上に文量があり、まとめの作業に手間取り掲載が遅くなり申し訳ありませんでした。もっと早く載せなきゃならなかった!

最後に…
掲載を許可していただいた方々ありがとうございました。
今回許可いただけなかった方々もご感想本当にありがとうございました。
すべては僕らの手元にあります。大事にします。
ありがとうございました。

2014年11月2日日曜日

メンバー活動情報更新

わたなべです。
メンバーの活動情報について続報です。
来年2015年の予定も徐々に増えてきました。  

また、ただいま東京のカンパニー時間堂さんの『衝突と分裂、あるいは融合』仙台公演の現地キャストとしてメンバーの塚本と前回屋根裏ハイツに客演ていただいた村岡さんが参加中です。ぼくは昨日の夜の回を観劇しましたがたいへんよかったです

仙台公演はあと残り1回216時回が千秋楽で、席はまだ売るほどあるようです。
こちらも是非ご覧になって欲しいと思います
どうぞよろしくお願いいたします。



【メンバー活動情報】
[塚本恵理子・出演]
砂滑舞踊団 『ウィークエンドのまぼろし』
演出:小森隆之
11月22日(13:00~18:45)
   23日(13:00~18:00)
@Sendai Artist-run Place(SARP)

[中村大地・音響]
仙台シアターラボトライアル2014
構成・演出:野々下
2014年11月29日(土)〜30日(日)@せんだい演劇工房10-BOX box-1

 (↓仙台シアターラボ

http://s-theatrelabo.jimdo.com/


[中村大地・音響] New
エイチエムピー・シアターカンパニー新作公演
〈同時代の海外戯曲Ⅲ〉『アラビアの夜』
2015年1月30日(金)〜1月31日(土) 

@宮城野区文化センターパトナシアター

[中畑翔子・演出]
東北大学学友会演劇部2014年度卒業公演 
レ・ミゼラブル 
2015年2月7日(土)8日(日)14(土)15日(日)
@東北大学片平キャンパス内第六ホール

(↓東北大学学友会演劇部)
http://tohokuudrama.kitunebi.com/

2014年10月23日木曜日

『暗くてなるものか』舞台写真


 

    
 

 



今後のメンバー活動情報

屋根裏ハイツ1F『暗くてなるものか』にご来場いただき誠にありがとうございました。
当日パンフレットにも今後のメンバーの活動情報を掲載しましたが、あれから少し時間が経ち、またお知らせ出来ることもちょっと増えましたので改めましてブログに情報を掲載いたします。


 【メンバー活動情報】

[塚本恵理子・ 村岡佳奈(『暗くてなるものか』客演)・出演]
時間堂[つながる]ツアー2014
『衝突と分裂、あるいは融合』Fission or Fusion after Collision仙台公演
台本・演出:黒澤世莉
2014年11月1日(土)〜2日(日)@せんだい演劇工房10-Box box-1

(↓仙台演劇カレンダー)
http://sencale.com/event/%E6%99%82%E9%96%93%E5%A0%82%E3%80%8E%E8%A1%9D%E7%AA%81%E3%81%A8%E5%88%86%E8%A3%82%E3%80%81%E3%81%82%E3%82%8B%E3%81%84%E3%81%AF%E8%9E%8D%E5%90%88%E3%80%8F%E4%BB%99%E5%8F%B0%E5%85%AC%E6%BC%94/?instance_id=2687

[塚本恵理子・出演]
砂滑舞踊団 『ウィークエンドのまぼろし』
演出:小森隆之
11月22日(13:00~18:45)
   23日(13:00~18:00)
@Sendai Artist-run Place(SARP)

[中村大地・音響]
仙台シアターラボトライアル2014
構成・演出:野々下
2014年11月29日(土)〜30日(日)@せんだい演劇工房10-BOX box-1

 (↓仙台シアターラボ
http://s-theatrelabo.jimdo.com/

[中畑翔子・演出]
東北大学学友会演劇部2014年度卒業公演 
レ・ミゼラブル 
2015年2月7日(土)8日(日)14(土)15日(日)
@東北大学片平キャンパス内第六ホール

(↓東北大学学友会演劇部)
http://tohokuudrama.kitunebi.com/


以上、

メンバーの面々は来年の予定まで盛り沢山です。
屋根裏ハイツ本公演主宰中村の演出作品などがもし決まりましたらまたお知らせいたします。
今後とも屋根裏ハイツをよろしくお願いいたします。

制作・ワタナベ

2014年10月22日水曜日

わかりあえないことから/ことがら


屋根裏ハイツ1階 「暗くてなるものか」 無事終演しました。
細かな〆作業はあれども、ひとまずはひと段落です。
たくさんの方にご来場いただきありがとうございました。

上演の出来不出来の差がとても激しく、それはもはや良い悪いというより成立/不成立といったレベルでの差異だったので、それに関しては僕/たちのいたらないところだったなと思っています。

観劇しながらいらいらしていたお客様も多かったようですが、
アンケートを読みながら、僕もイライラしてました。もちろんアンケートを読むといろんな感情に襲われるのですが。

まあ、やっぱり人は、どんな人ともわかりあえないのである。

そんなことがわかりました。わかっていたことではあるのですが。
そして、決してそれは否定的なことではありません。あくまでも僕にとって。


僕はだからやっぱり現在に拘泥して飽くことなく作品を作りたいなと、性懲りもなく思っています。




あ、また真面目です。よくないところです。
eastern youth は素晴らしいバンドです。夏の日の午後という曲は舞台の最後にかけました。

eastern youth 夏の日の午後
http://www.youtube.com/watch?v=hoZSrltjgrI


さて、どうにかこうにか1階が立ちました。これからまた2階、3階と続けていけるように精進します。


出演者も僕も色んな舞台で忙しくしてます。またお目にかかるようなことがありましたら、その時は、是非よろしくどうぞ。

それでは、また。

中村大地


eastern youth 雨曝しなら濡れるがいいさ
http://www.youtube.com/watch?v=QiG0kSdwogc

2014年10月14日火曜日

10月11,12,13日稽古の記録

10月11日 9~17時 10-BOX box-3

むらおか、あゆみ、わたなべ、つかもと、なかはた(9:30~)、こんどう(11:00~)

前日はシアラボの稽古に参加した。その後もなかなか寝付けず。夜勤の時のルーティンなのか、深夜に目が冴え、朝は絶不調で迎える。自転車がパンクしてたので、電車を使って駅にたどり着いたまではいいが、そこから歩く気力がなく、タクシー。だんだんと身体が起きてくる。

翔子さんが体調悪そうである。風邪をひいたらしい。僕も咳が少し出る。多分気管支が狭まっているのだと思うのだが、本番までわずかなので養生しなければならない。(びりっ)

肝心の稽古は、頭の方からさらって稽古していった。
ついつい走りがちになる出だしのところ。少しの整理ですごく良くなったと思う。
あまり僕は何もしていない。

11:30くらいから長めに休憩をとり、13時稽古再開。
衣装合わせをする。決まらないのは翌日買い出しに行くことに。
大学の後輩が稽古見学に来てくれる。ちょうど見たのが一番煮詰まっているシーンなので、退屈だったかもしれない。

1つシーンに動きを追加した。それにしても、最後のシーンが冗長である。明日ここに取り組むことを伝え、とりあえず演出が家に持ち帰り、明日の稽古にかける。


レイトショーで「リヴァイアサン」を見る。疲れ切った身体で見るものではない(寝てしまった)
だが、音楽の様なノイズと映画館の椅子に身をうずめているのは心地よい時間だった。だから映画の感想はない。

日常の音で、ある音だけが異常に大きく聞こえたりする、その効果を演劇に取り入れたいと思って、でも結局BGMになってしまった以前携わった公演の事を考える。
音響の方針を決め、舞台図を引く。
また眠れない。眠れないのでYoutubeでニッポン戦後サブカルチャー史の最終回を見る。
本を読んでいたら寝落ち。


10月12日 13~17時 box-6
むらおか(13:40~)、あゆみ、わたなべ、つかもと(13:40~)、なかはた、中村

レイトショーなんか見るから寝坊した。

午前は作業日、叩きとある舞台美術の実験をしてもらって、村岡と塚本は衣装の買い出し。僕は音響機材の買い出しと、自転車の修復をしていた。

12時頃に作業場に顔を出す。実験してもらったものについては、問題ないと思った。

13時から舞台を立てこみ、稽古をする。
衣装も大方決まり、安心する。
半分くらいは音響の実験に消費した。
持ち込んだアイディア、音楽としてはかっこいいのだが、これを演劇でやる意味はないと思い却下。
また考える。結局役者の動きを地道に修正する。
対象を今まで置いていたものから変えて、それでかなり良くなったと思う。

稽古後、制作周りの確認を舞台監督、受付、制作などと行う。


帰宅後寝落ち。その後あたふたと夜勤。


10月13日 17~22時30分 box-2
むらおか、あゆみ、わたなべ、つかもと、なかはた、こんどう、中村、山澤さん

夜勤明けの後少し作業してから仮眠。早めに稽古場に向かおうと思ったがそうもいかず、17時ギリギリに到着。

立てこみに手間取り、結局通しの開始は20時から。
本番は条件が違うのでもう少しやすやすと立てこめるようになりたい。
僕は音響関係の仕込み。

通し、11日に修正した出だしが良くなかった。っていうか前半が全然良くなくてめちゃくちゃ不安だったが、後半は本番で使う道具を使ってみたらかなり良くなったのですこし機嫌を取り戻す。
ランタイムは安定してるみたいなのでそれも良かった。

どちらにせよ、観客席が少し離れているので、離れているところにいる人は結構「演劇」だと受け取るんじゃないかと思った。そこを想定して少しだけ作り変える必要がありそうだ。

体調が悪い人もいるのでダメ出しはメールでする旨を伝え、あとは事務連絡のみでこの日は解散。

台風の影響で、タクシーと電車を使って帰る。意外と移動中は雨が降ってなくて、普通に自転車で帰れば良かったかしらん、とも思う。
帰宅して風呂に入り、ダメ出しまとめの間に寝落ち。

まもなく小屋入りだ。


2014年10月9日木曜日

10月7,8日の稽古の記録

10月7日 17‐22時 
そんちょ、あゆみくん、はるたか(17:30~)、なかはた(18:50~)、つかもと(18:50~)、なかむら

大寝坊をかます。急いでTSUTAYAにいって、音源を聞きあさる。
いいのにあたらず、適当に借りていたらエンディングの曲を借り忘れるという失態。
稽古場につくと、今まであまりやれていなかった1人のシーンの稽古をねちねちとやる。
翌日の通しに向けて、身振り手振りにあれやこれやと口を出す。
自分で発した言葉は、場に緊張をもたらす、そのことをわかっているか。
ていうか、その言葉が見えるか。文字が音声になって、それが舞台に投げ出されて宙づりになり、空気を緊張させているその言葉を見てほしい。

静かな芝居をしているととなりでやっている稽古の音が結構シビアに影響する。

この日は帰宅せずに夜勤。
隣店がつぶれたせいでひどく忙しい。

10月8日 17‐22時
そんちょ、あゆみくん、はるたか、なかはた、つかもと(18:50~)、山澤さん、柴さん(19:00~)、なかむら、

夜勤明け、洗濯をし方々にメールをする。
予定があって見には来られないということだったが励みになる言葉をもらう。
シャワーを浴びてから仮眠。
14:30ころ、公演用に頼んでいた荷物が届く。
稽古場に持っていくために大荷物ででかける。前かごがないのが致命的に不便だ。

稽古場につく前、宮文で、CREATIO ATERIERの面談を受ける、福沢さんと初めて話し今の自分がどういう考えをしていると思われるのか、みたいなことを整理する。
とにかくいろんなものをツールとして使えるようになりたい。

17時から通しのための準備をして、舞台を簡単にしこむ。
音響なども整えて18:30ころ、アップをしてもらい、19時から簡単に稽古をする。

喋ってない人が動くことでイメージを喚起させる、というようなシーン。
今回の芝居はタイミングが本当に難しい。少しずれるだけで決定的に面白くなくなる。

20時ころ、本番を見られない磯島さんを迎えて、それから山澤さん柴さんも見る中で初めての通しをする。
ミスもあったが、途中までは面白く見れた。
役者がかなり自覚的に動かないと厳しい作品だ。そうじゃない作品があるのかは分からないが。
いつものことで、狙いがあるとはいえ、いつも以上に危うさを含んだパフォーマンスである。

衣装はそこまでぴったりとしなくても良い感じだとわかった。明日は衣装合わせだ。

磯島さんがわりと面白がってくれていた様子だったので少し安心する。
しかし、磯島さんとの話のなかで、
以前見た劇場に入った途端につまらなくなった作品の事を思い出し、非常にげんなりする。
そこはすごくシビアにならなくてはいけないところだ、と言い聞かせる。

帰って飯を食い、映像をあげ(ている)、これを書いている。
風呂入って寝よう。

2014年10月7日火曜日

10月3,4,6日稽古のまとめ


10月3日(金) 17~22時 
むらおか、あゆみ、はるたか(19:00~)、なかはた(18:30~)、つかもと(18:30~)、なかむら

午前中に『プロミスト・ランド』を見ようと思っていたのだが作業をしていて断念。

遠くにミサイルの喧騒を聞きつつ稽古。手伝えなくて申し訳ない。
5時から、そんちょ、とあゆみくんの1人のシーンをやる。
舞台上でやらざる負えないことを、ちゃんとやるとやっぱりそのシーンは見ていられる。
作りものにしようがない部分。
じゃあそれをどうやってデザインするのか、という話になるのだけれど。
あと1,2回やるとかなり伸びるだろうと推察。

その後全員そろって稽古。
別にセリフの意味を伝えてほしいわけじゃない、その言葉を発している状態からいろんなものが出てきているんだから。そこを見たい。って何度も言ってるんだけど。



10月4日(土) 9~12:30
むらおか、あゆみ、はるたか、なかはた(9:15~)、つかもと、なかむら

ミサイル観劇のため早めに稽古を終わる。
最後の方のシーンを丁寧に、(くどい感じで)見ていく。
あるシーンで女性陣の非難を買う。
そういうシーンなのかもしれない。僕はニヤニヤしてみていた。
がしかし、「よい」ところまでは至らず。


稽古後に「対ゲキだよ!全員集合!」を観劇。(受付の手伝いに入った)
キャラクターの定まらない状態で客案をしたのでひどいもんだった。

打ち上げもお邪魔する。結構くだらないことを話す。
帰宅をしたのは3時過ぎだったか。あまり覚えていない。


10月6日(月) 17~23時
むらおか、あゆみ、はるたか、なかはた、つかもと、なかむら、山澤さん

朝、なんだか悪夢のようなもので、心拍数が非常に高くて目が覚め、覚めてからも動悸がやまず非常に混乱した。
しばらくメールを打ったりしていたら徐々によくなっていったので安心したが。台風のせいか?
パンフレットに挟む演出の言葉と、台本の打ち直しを行う。
11:30くらいに映画を見ようと思ってフォーラムを調べたら、「プロミストランド」はもう今週いっぱいで、しかも、レイトショーだけだった。全く見にいけない。無念。『リヴァイアサン』は面白いのかちょっと疑問だがしかし見たい。

テンボに移動する頃には雨も上がり、自転車でテンボックスへ。今日の稽古は本番会場と同じbox-1なので、無理を言って全員に17時に来てもらう。
17時からわらわらとたかって仕込み。当初は美術を立てこまないで通しをする予定だったが、予定を変更して適度に立てこみ、ざっくりと頭からシーンをさらっていくことに。
舞台が立つと今までは使えなかった視点やエリアを使って演技をしなくてはならないことに当たり前だが気づく。
あゆみ君を始め、エリアをもう少し広く使ってシーンを作り変えてゆく。
照明の柴さんはいなかったが照明のアイディアも幾つか思いつく。
結局延長して22時すぎまで稽古、片づけをして退館したのは23時。
帰り道に雨が降り出してぶーたれる。台風一過はどこへやら。
通しができなかったがそれよりも充実した稽古ができたと思う。
かえってメモをとりながら、整理。
連絡を方々にしなくては。


色々書いてますが間もなく公演なので、ぜひぜひお越しください。
このページの右上のところから予約できますので。ぜひ。

2014年10月2日木曜日

9月30日、10月1日の稽古の記録

9月30日

18~22時 そんちょ、あゆみ、なかはた、わたなべ、やまざわさん、しばさん(19時~)、つかもと(18:30~)中村

日誌では大きな開きがあるけど、9月中にも稽古はしていた。すみません。

この日はスタッフさんが見る稽古。
最初の場面をやる。10日ぶりなので、抜けているところも多い。
新しくしてからあまり触れていないところの稽古を、重点的にしなければなと思う。



10月1日

17~22時 そんちょ、あゆみ、なかはた、わたなべ、やまざわさん、しばさん(19時~)、つかもと(18:30~)、中村

この日は美術の実験を兼ねた稽古。
残像とか、何かがなくなった時、「なくなった」ということが残るような、そういうことを、そういうふうにみえる、見ることのできる世界を作ってみたい。

見た目が入るとやっぱりわかることがたくさん増える。
ワクワクしてきた。
そして役者が使いこなさなくてはいけないものもたくさん増える。





2014年8月29日金曜日

8月18,20、24、25、26、27、28日の稽古の記録

すっかり遅くなってしまった。
忘れてしまったこともある。というか大体忘れた。
書いてみよう。

8月18日 そんちょ、あゆみ、はるたか、しょうこさん、中村 +1
塚本は院試勉強のため不在。全員でずっぱりだから1人かけるとできるシーンがぐっと減る。
確か、長ゼリフをいいながら歩行のWSをやったと記憶。
自分の身体に音楽や、情報を通して、セリフも身体に走らせるような感じ。
その後そんちょの長ゼリフをやる。
いろんなものから影響を受けると、言葉がどんどん湿って重くなっていく、そのテンションを頑張って軽くしていく作業。と、いっても僕もついつい湿らせたくなっていくので、バランスを考えて、重たくならないように。


8月20日 中村不在、自主稽古 青葉区中央市民センター 18時~21時
僕は創作実験アトリエの本番のため不在。自主稽古をしてもらう。セリフ入れなど、やってたのだと思う。


8月24日 17~22時 そんちょ、はるたか、つかもと、しょうこさん、中村 +1

セリフを覚えるまでは稽古しないっすよ。という。(あまりにもセリフを思い出すノイズが多かったので)
主に1-1場をやる。何もない空間でどうやって動くのか?


8月25日 17~22時 そんちょ、はるたか、つかもと、しょうこさん、あゆみ、中村 box-4

夜勤からの午前中から仕事づくめでかなり疲れている。からか、僕にやや集中力がなかった。申し訳ない。
演劇の諸先輩方に言われていた役者がつまらない、という事態が今は何となく飲みこめる。セリフを言ってるだけだとつまらないのだ。

稽古後、はるたかの家でビラの修正作業。明和電機かっこいいな。

8月26日 9~13時 中村不在、自主稽古 +1
僕のミスで稽古と他の用事をブッキングさせてしまった。大反省。
セリフ入れと少し動きをつけていた。ように思う。
もう少し演出が入ると自主稽古の効率も上がるかと思う。


8月27日 10~17時 そんちょ、はるたか、つかもと、しょうこさん(14:00~)、あゆみ(~13:00)、近藤(14:00~)、中村

セリフの速度に細かい注文をつけ出す。ひたすら細かく見えるところの演出をつける作業をする。
外側で見えてることに注文をつけることで、役者はそれが なぜそうなっているのかを身体に理解させないといけない。
だからそれは内面と呼ばれるものを、あーだこーだいうことと、あまり変わらないことなのだと考える。


8月28日 17~22時 そんちょ、はるたか、つかもと、しょうこさん、あゆみ、中村、山澤さん

舞台監督の山澤さんも稽古に来て下さる。舞台について今考えていること、決まっていることの話し合い、話すことで見えてくることがある。シアラボの時は、照明になった形でしか山澤さんのことをみていないので、こういうものづくりの部分でマンツーマンで話すのは初めて。
思考が整理される、アイディアを付与される、こういうのは、いい。
1.2.で気になっていたしょうこさんの言葉の言い方をちょっと口酸っぱく言って、変えてもらう。
WSやってて良かったなと思える瞬間に出会う。

転で大きく転がることに成功して、ちょっと興奮する。
これを前の方にも影響させて、良くなるようにしたい。

またしばらく稽古が空く。台本を脱稿したい。
考えることはいくらでもあるはずだ。



2014年8月11日月曜日

8月6日、8日稽古の記録とその他

怒涛の一週間に、思うようにいろいろいかず。すっかり更新が遅れる。

5日 いったい何度目だろう、ガスヴァンサントのElephantを見る。いい。結構思ったよりしっかりドラマなんだな。

6日朝 9:00~13:00 そんちょ、あゆみくん、はるたか、つかもと(9:20~)、しょうこさん中村

そんちょが予定が変わり、来られるようになる。うれしい。
自分の身体の骨(背骨と、足の骨)がいったいどんなふうになっているのか、骨の図を元に互いの身体を触りあう。
これ、自由に動かすってことがいいことなのか。足の骨の複雑さに驚く。
骨の勉強したい。

その後いつものワーク。自分も見てるだけでなく参加する。しゃべりながら、自分が今どうなってるのかを意識する/してみる。
あとエクリチュール。

その後台本稽古。舞台の使用を若干変更する。自分の頭をもう少し整理しないと。視覚のことがわからない。

夜は実行委員でミーティング、その後ARCTさんと打ち合わせ。学生演劇祭のこと
深夜から演劇部時代の後輩、同期と飲む。久しぶりに話すこと、この雰囲気懐かしい感じ。




8日朝 9:00~13:00 そんちょ、あゆみくん、はるたか、つかもと、中村(9:30~)

しょうこさんが急用で来られなくなる。5時に夜勤をあげてもらったので、歩いて帰宅。LOSTAGEの「Flower/路傍の花」をYoutubeでえんえんとリピートしながら、帰る。給料はいったら新譜買おう。かっこいい。早朝のアーケードを歌いながら。

家に帰ったはいいが僕の自転車がパンクして、バス移動で肝心の稽古には遅刻。

来るまでの間、ストレッチやってて、といったら、今日は筋肉の図解を持って筋肉を触りあっていたらしい。
その図見るの忘れてたな。

いつものワーク。今日も参加する。もうちょっと焦らないでおこう。もう少し調べよう。

1人いないとできるシーンが減る。仕方がない。
2時間の作品ならば2時間、きっちり時間は経過する。それをなしにしないように。
シーンの順番についてやや考え直す必要がありそう。

読めば伝わる台本の書き方について思案する。そんなもんあんのか。

次の稽古までは10日くらい空く。役者はきっとセリフを覚えてくることだろう。僕もつづきを書こう。



9日,10日 夏風邪か、寝不足か。体調が悪い。砂滑舞踊団の稽古に合流。創作実験アトリエ、OFFの完成発表①本番は見られないのでここまで。音の少ないOFFである。ただ、あまりやったことなかったことをできたので楽しい。
三角フラスコ「昼の花火、夜の花火」を見る。暗転をつなぎとして使う作品を純粋にめっちゃ久しぶりに見た。気がする。これまでのフラスコさんのイメージとはちょっと違った。「虚構と現実を行き来する」と冠するカンパニーの紹介がしっくりくる。
病院はいらなかったんじゃないか、と生意気にも思う。


メモ「エクササイズと作品作りは別」「反復は沈黙の表現ではないか」

2014年8月5日火曜日

8月1,2,4日稽古の記録

8月1日(金)13~17時 
はるたか、そんちょ、えりこ、こんちゃん、しょうこさん(~14:50)、あゆみくん(14:00~)、中村

平日の昼間から稽古

8割方上がっている台本を渡す。一度読んでみる。
文字を読むことと、喋ることの違い。
いつもそうだが、予想してないところで笑いが起きたりする。
書ききっていないので、指示が作家目線になっている気がする。

それから、ト書きを雑にするのが自分の悪いところ。

みんなで読んでから、しょうこさんが早退のため、こんちゃんに代読をお願いする。
見てる人が多いのは心強いことである。

いわゆる四段構成の三段目をやる。
起承転結でいうと、転にあたる。でも、物語のことなんかどうでもいい。
そういうことの説明はどうでもいい。

稽古後、みんなで夕食的なものを食べにいく。
映画の日だったから、しばし見たい映画談議。
その後予定のない僕はレイトショーで今日までだったインサイド・ルーウィン・ディヴィスを観る。いい映画だった。



8月2日(土)17~22時 はるたか、そんちょ、えりこ(17:30~)、しょうこさん、あゆみくん、中村(18~)

午後にあった別の稽古のため遅れて稽古場入りする。
みんなにはじっくりストレッチをして、身体がどうやって動いているのか確かめあってもらう。
それから、発声。ここら辺で僕は合流。

イメージと言葉をつなげる訓練。と仮に今(書いている今)名付けたWSを行う。
どんなイメージを描いているかによって喋り/語り方は影響されるのではないかという仮説。
身体にイメージを通す、流すと身体はどうなるのか。
はるたかくんの小学生時代を思い浮かべることは困難だった。
あゆみくんは素直な演技をする。

そのあと四段構成の二段目をやる。
不条理劇的と言われるメインストーリー。
人物がどういう行動をとるのかとかいう理由は、台本には書いてない。
というまた作家的な指示。しばらく抜け出せない気がする。

稽古後は疲れて寝てしまう。やりたいことが少しできなかった。



8月4日(月)17~22時 はるたか、そんちょ、えりこ(17:20~)、こんちゃん(17:30~)、しょうこさん、あゆみくん、中村

イメージと言葉をつなげる訓練の前に、歩行というWS。
およそ現実にあって体感できるもの全てに触れられるように感覚を開けるとよい。
外側からえる情報で、身体はどんな影響を受けるのだろうか。
それに、架空のイメージを付加してみる。
湿気がすごい/雪/雨 など。架空のイメージを入れることで身体はどんな影響を受けるのだろうか。
僕自身がこういうWSを受けると架空のイメージについて言及した瞬間に、よくわからなくなる。「だって、ないじゃん」っていうやつ。

イメージと言葉をつなげる訓練。
まだピンと来ていない。昨日広がった輪郭が良かったのかわからなくなる。
伝達と行為。
ここでようやく、イメージという言葉が、なんだか誤解を招きやすい言葉だということに気がつく。
「言葉は事柄の端っこなんだ」って昔授業でやったなあ。

それから
作品のことについて、舞台について、始まり方について、そういう話をする。
ちょっと立って稽古する。座ってるとやりすごせたことがやりすごせなくなる。
観客に想像させるためには役者は少なくとももっと想像逞しくなければ。
セリフをその前に早く覚えてもらわねば。


稽古後、まるまつでフライヤーの修正作業。2時間半、6人で1,000部。話しながら進めないと気が滅入りそうなので喋りながら。話してても気がめいったけど。ジブリとディズニー、みんな詳しい。ほんとにわかんない。
まだたくさんあるけど夜が明けるので後日改めて作業を。



帰宅したら2時30分とか。寝る。

2014年7月8日火曜日

7月3-6日 稽古の記録


7月3日 19:00-22:00 そんちょ、あゆみ、はるたか、しょうこさん、えりこ、こんちゃん、中村

・やったこと
ひざかっくん:1対1 ここが舞台だとしたら。 緊張感をもたらし、信頼を失っていくゲームにはできないか? 一度ゆるんだものをどう持ち直すか。
→攻守があいまいになるような感じにできないかしら?
ソースは磯島さんWS
モノローグ:相手の身振りをコピーするというのが主眼で行う。→ではなく、自分の身振りを主眼におこなう。
結局のところ自分の身体の癖見たいなものがでてくるし、思考が身体にでてきてしまう。
チェルフィッチュでやってるワークらしい。はほんとは違ったけど、



7月4日 19:00-22:00 あゆみ、はるたか、しょうこさん、えりこ、こんちゃん、中村
・その人が感じた出来事を、あたかも自分が体験したかのように話す。 
・他人のエピソードと自分の身体をシンクロさせる。
・エピソードと、自分との距離感を計る。
・円ではなくて客席と舞台にわかれてエピソード。
・1人語りの面白さを発見したい。



7月5日 13:00-17:00 そんちょ、あゆみ、はるたか、しょうこさん、えりこ、こんちゃん、中村
中村台本の印刷で遅刻(13:30入り)
台本またちょっと配布。連載形式。早くもっと配りたいのだが、、、台本は順番に配るようにしようという考え。
・ふたたびモノローグ。
・舞台構成を説明。
・素読み。不条理劇的な様相。
・稽古後に青年団「この生はうけいれがたし」観劇。初青年団におおいに満足する。バラシを少し見学。その後ホルモン食べる。おいしい。ごちそうさまでした。



7月6日 17:00-22:00 そんちょ、あゆみ、はるたか、しょうこさん、えりこ、中村
中村別件の用事で遅刻(18:30入り)
・遅刻までの間、モノローグのワークをしてほしい、今回は1人のシーンが結構大変そうだから、そこを面白く見られるようにしたい!
そこを目的にしたモノローグのワークなんだ、とメールしたら、モノローグもそこそこに台本の稽古をしていた。
遅れて着いた時、ぼんやり聞いていただけだが、はるたかいわく、「台本をしっかり理解して、その通りに演じたとしてもお客さんが面白いとは限らない。」とのこと。こんなに強い言い方じゃなかったかな。
その後、しゃべる人と聞いている人という2人を舞台に置くことで、その関係性を利用して語りを分厚くしたいというこころみ。
極東退屈道場の自己/他己紹介。
そのあと、セリフで、関係性を探ってみる。
喋ってない方の身体が、空間とどういう関係を取るか。
お客さんは喋りを聞いて想像する。
そのうち飽きる。緊張が弛緩する。
そのお客さんのあるテンションを裏切る/飛躍する/増長する/ことができればお客さんは喋りを聞き続けられる。
そういう言葉や身体を持つようにする。
観客の想像に加担する身体。
境界を超える瞬間のスリリングさ。
音楽もかけてみる。とりあえず雰囲気は出るのでやっぱり音楽はすごい。(あほみたい)
背中と正面の情報量の違い、背中の方が面白い。

2014年7月4日金曜日

屋根裏ハイツ 1階 暗くてなるものか

屋根裏ハイツ1階 「暗くてなるものか」

作・演出 中村大地

日時:2014年10月17~19日

場所:せんだい演劇工房10-BOX box-1 (984-0015 宮城県仙台市若林区卸町2-12-9)
 http://www.gekito.jp/
料金:前売 1500円 当日 1800円


出演

塚本恵理子
中畑翔子
渡辺時生

(以上、屋根裏ハイツ)

松井歩(東北大学学友会演劇部)
村岡佳奈


最初の言葉

屋根裏ハイツという劇団を立ち上げました。
はじめましての方ははじめまして、作・演出の中村大地と言います。
この団体で一番最初にやったのは 紙風船(は聞こえているか?) という作品です。
岸田国士、作品への敬意がみじんも感じられなくなってしまった作品ですが(それはとても反省しています。) 
それを今年の3月、C.T.T.Sendaiの試演会で上演しました。

今度は原作なんかは特になく、脚本を書くことにしました。

今度の10月にやる一階の公演(わざとです)の作品は
「暗くてなるものか」
というタイトルです。

稽古は昨日から始まっていて、台本も少しずつですができはじめました。
細かな情報はこれからまたここで更新していきます。

これから、この作品をはじめるにあたっての宣誓文みたいなものを書きます。

台本を書いていると、それはとても自分の個人的な出来事でしかないなあ、と思うことが良くあります。出発点は何時だってそうです。

僕はできれば、一つも決断しないで、決断することで捨象されてしまうものものやことごとを、できうる限り拾い集めて、なに一つむだにすることなく、生きていたいと思っています。
それはただの優柔不断で、重々不可能なことで、あまりいい結果を招かないことが往々にしてあるのだとわかっているのですが、
度々そういう思いが頭をもたげてきます。
そうじゃないと、解決できないことがあるんじゃないかと期待していて、反対に今、決断を急いでいるせいで失っていることが多すぎると思うこともあります。

痛いの飛んでけ、そこら中に。
でも、できるならどうか消えずに、そこで見守っていて。

そういう子供じみた考えを、僕じゃない役者が、僕の言葉を他人の言葉として喋る。
僕は当たり前だけどそれを念頭に置いて言葉を作らなくてはいけません。
僕のポエムを他人が読んだって、仕方がありませんから。

屋根裏ハイツという家をこれから建てはじめます。
何階建ての建物になるかわかりませんが、
どうか見上げるくらいの高さにはなりますように。


2014年7月4日 中村大地