本番にむけて

今日が小屋入り三日目。

朝から劇場入りし、テクニカルのリハの続きや、合間に稽古をさせてもらって、ガシガシと場面を整理。
今回の作品のもくろみとして最初からあった、「映像と現実空間の自由な往来」および「映像と現実の主従関係の逆転」
といったことを実現するために、スタッフ陣の神経すり減らす作業が続く。
僕はメカはからっきしなのだけど、映像とかを使うと、そのトラブルへの対処ってのが舞台では回収しきれなかったりする、という作品のデザインになりやすいので、なんとも難しい。
前作「暗くてなるものか」の時は、あるシーンの前に塚本が絵具の入ったバケツを盛大に床にこぼすというトラブルがあったんだけど、それによって舞台の空気がとっても良く作用した、ということがあった。
観客としての僕はトラブルによって演劇が豊かになる(Live感が抜群に上がる)ことはとても好きなんだけど、それにはいいトラブル、悪いトラブルっていうのがある。

機械との付き合いの中では悪いほうのトラブルも起こりうるなあと思う、という話。

時生君がTwitterで、「小屋入りすると劇場さん(概念)が作品を整え始める」と言っていたけど、
今僕は「それな」という気持ちでいっぱいだ。(劇場さん(概念)の出現にはスタッフの功労が必須だけど)

さて、今回の作品は、去年作った一階「暗くてなるものか」よりは、屋根裏ハイツとして最初の作品C.T.T.Sendaiでの「紙風船(は聞こえているか?)」に近いと思う。
場面転換のあるのも久しぶりだし、異なるトーンを構成しているという点では太宰の「二十世紀旗手」から着想を得たともいえるかも。
あと、僕の中では「青春」というキーワードが少しあって、それはガスヴァンサントの「Elephant」が着想っていうのが大きい。


少々トラブルにも見舞われて、座組みにもやや不安の色があるが、明日は本番。夜は売り止め。
たくさんの方のご来場をお待ちしております。

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