2016年2月17日水曜日

3F『再開』西和賀滞在記録 2/16

2/16 中村、村岡、加藤、松井
記録:松井

西和賀滞在2日目。昨日から西和賀に来ています!!
西和賀、とてもいいところです。雪が仙台の200倍くらいあって少しびっくりしましたが、会う人会う人みなさんいいひとで、集中してクリエイションができそうな、非常に贅沢な環境です…!詳しくは屋根裏ハイツのツイッターや、ギンガクのツイッターで様子を写真にとってアップしているので、そちらもご覧ください。
https://twitter.com/yaneura_heights
https://twitter.com/nishiwaga_sdf

いままでは稽古記録でしたが、今日からは簡単に、その日何をしたか、などの情報も記録していきます。

では、2/16の記録。

6:30に起きて温泉に入り、7:30から用意していただいた朝食を食べる。食事は自炊だと聞いていたので、とてもうれしい…。そしてすごくおいしい…。こんなに充実した朝は久しぶりです。
準備して10:00から銀河ホールの設備について説明を受ける。本当に素晴らしい劇場で、こんな劇場の舞台に立てると思うと、うれしい気持ちになる。

銀河ホールの舞台にある奈落。
奈落の下を初めて見たので興奮しました。

銀河ホールの舞台面天井にあるダクト!


11:00から少しだけテキストの確認をして、12:00から風呂美(風呂美術大学という、ギンガクの別企画)の方々に、西和賀唯一のスーパー「オセン」を案内してもらう。オセンで買った安くておいしいお弁当を食べて(250円でボリュームたっぷりのチキンカツ弁当が食べられました!)、13:30から稽古開始。
の前に、今日もくじを引いて記録の担当を決める。
……なんと今日も松井があたりをひきました。これはほんとに、ずっと僕が書くのかもしれません。張り切って書いていきます。


テキストを使っての本格的な稽古が始まった。今回の上演では、いくつかあるモノローグのテキスト(長いものから短いものまで)を一つ一つ、語りの手法でたちあげていく。
具体的には、
テキスト→イメージの種となる語り手→実際の語り手
という順番でシーンを作る。まず、実際の語り手が語る際にイメージの種となる語りを、実際の語り手とは別の人がテキストをもとに作っていく。この語りは本番では使用されることはなく、この種となる語りを、実際の語り手がよく聞いて習得することで、本番で上演するシーンの語りを作る。
なぜこのような方法をとっているのかというと、ギンガク冬の演劇祭のテーマである、「民話」の語り継ぐ手法に注目したからである。民話は何世代も前の昔から、地域のコミュニティの中で語り継がれてきたもので、その話の中には、昔話であるにもかかわらず、語りによって強烈なイメージを持つものもある。そこで、民話と同じ手法でモノローグを創作することで、俳優の発語が民話的な強度を持ったものになるのではないかと考えた。

今日は、加藤が種の語りとして、あるテキストを話せるようにする稽古だった。このテキストを実際に本番で語るのは松井なので、最終的には加藤が松井に語りを引き継ぐ。
まだテキストを覚えていないのもあるが、「相手の話を再現する」ワークで行ったような、自分の話として語ること、がテキストをもとにすると難しいことがわかった。
このテキストは、中村が書いた創作のテキストで、民話的なバックグラウンド、昔から語り継がれてきた歴史、のようなものがない。民話的な強度を持つイメージを種の語りで作らなければ、引き継いで本番で上演する際にも語りは立ち上がらない。
つまり、俳優の中で何かしらのバックグラウンドを偽造して、それを背負った状態でテキストを発語する必要がある。そうでなければ、テキストをただ説明しているだけになってしまい、それは面白くない。
ギンガク企画委員の森さんに稽古を見てもらっていただいた感想の中に、そういったバックグラウンドを背負った語りは、ある種憑依的な様子にも見えるのではないか?というものがあった。たしかに、民話の語り部が民話を語り始める瞬間は、何かスイッチが入ったかのように話し始める。



明日からは、まず種の語りをいかに語れるようにするか、いかにバックグラウンドを俳優が偽造して背負えるか、ということを試行していく時間になりそう。

稽古後は、森さんに連れられて、禁電日という電気を使わないで夜を過ごすことをしている、瀬川さんという方のお宅にお邪魔する。環境保護の運動の事や、西和賀の自然について、雪がうみだす綺麗な景色についてなど、いろいろなお話を聞いた。すごく面白かったし、西和賀に来てからというものの、この土地のひとのおしゃべりがとても魅力的である。何気ない雑談から、昔していた仕事の話など、よそから来た僕たちにいろいろなことを話してくれて、この語りをよく見ていよう、と思った。